ドリーム小説

『汝、我を望むか』

気がついた時には見えていたソレを、この歳になって、分かった事が一つだけある。

ソレは、“分からないもの”なのだ。

『ならば我、汝と契約を結ばん。我に名を付け、言の葉にて結べよ』


ただ私は恵まれていた。
“分からないもの”ではなく、“分かるもの”を見つけることも出来たから

『和弥・・・貴方は和弥よ』



【悪霊がいっぱい!? 2】



「・・・ちょっと谷山さん、あの人霊能者なの? 旧校舎を調べに来たって今言ってたけど」
ドアに手をかけた状態で、滑るようには教室の一角を見た。
麻衣と、仲のいい女子が二人。その後ろには、黒田――だったか。

三つ編みを背中に流し、ぶっきらぼうな口調の黒田に、麻衣は溜息と共に首を横にした。
「霊能者じゃなくて、ゴーストハンターだそーです」



(まぁ――初対面でナルに好感を抱く人間は少ないだろうし、そもそも人に好かれようなどと思っていないのだから、どっちもどっちか)
『あしたの放課後、車の所に』
事務的に述べる青年の姿が過っていると、


「ゴーストハンター?」


黒田はぐいと身を乗り出した。
「谷山さん、あの人に紹介してくれない」


素っ頓狂な声を麻衣が上げるのと、が虚を突かれて瞬くのはほぼ同時。
(なかなか度胸があるわね、彼女)


入学当時から霊が見えると評判で、
「あっちに霊が」「こっちに霊が」と謳うように口を開く彼女には感心していたものだけれど。

「ホラ、わたしにも霊能力があるじゃない?なにか手伝えるかもしれないわ」

同じものが見えたためしはないんだよね。
関わらないのが上策だと踵を返した時、何を思ったのか、黒田の人差し指はついとを示した。
「貴方、黒い影が見えるわ」
「・・・」

麻衣と友人二人の瞳が、そこに居たに初めて気付いた顔をする。

「ソレはよくないものよ」

の影が、ざわりと喚いた。
こほんと咳払いをすると、途端に波打つように静かになった影。


(悪いもの、ね。やっぱり合いそうにはないわ)


「黒いものすべてが悪いとは限らないんじゃないかしら? ――貴方が中途半端に刺激するから、黒い影が怒ってるわ」

くすくすと笑ってみせると、不意を突かれたような顔をした黒田はサッと頬に朱を走らせた。

「もう、! やりすぎだってば! ごめんね黒田さん。
でもあんましアイツとは関わらないほうがいいんじゃないかなぁ・・・素人と話すの嫌いだっていってたし」


自覚があるのかないのか。
殊更愉快な気分になったを知る由もなく、あっさり紡がれた言葉に黒田が皺を寄せる。
「わたし、あなたほど素人じゃないわよ」
「・・・はぁ、でもナルちゃんはプロだから、ちゃんと事務所も持ってるし・・・」

ナルちゃん

は瞬き二回。
聞き間違いかと思ったが、隣で友達たちが悲鳴を上げる。
「ちょっと麻衣、ナルちゃんって何よ!」
「いや、だってすっげナルシストなんだもん、アイツ。で、ナルシストのナルちゃん。おまけにムチャクチャ性格悪いよ〜」


(なるほど、そう言う)
笑いをかみ殺すに気づきもせず、麻衣は黒田に視線を戻した。

「だから、中途ハンパなこというとイジメられ・・・」

居ない。
まるで何事もなかったかのように本を開いている黒田を見て、麻衣がギョッと目を開く。


「あいつあんなヤツなのよ、中等部のころから有名だったんだ、アブナイって」
「ああ。黒田さんも恵子たちと同じ内進組だっけ」
「そ。霊感があるとかいっちゃってさ、バッカじゃないの
さんもありがとう。あいつの悔しそうな顔・・・せいせいしちゃった!」


してやったりと笑う友達の顔に、も愛想笑いを返した。
「私も少し冗談が過ぎたから」





「こんにちわー、何してんの?」
ワゴンの中で画面を見つめる一也ことナルを、麻衣は覗き込んだ。
ナルはその車体に腰掛け、目を走らせたながら答える。
「昨日集めたデータのチェック」


「何かわかった?」


「特に異常はないな。霊がいないのか、今は姿を潜めているのか・・・
どちらにしてもそう危険はないだろう」


「ふーん」と相槌をうちながら、物珍しげに見渡す麻衣。隣で、は資料に目を落とした。
所狭しとならんだ文字の羅列は相変わらず解読不可能。
いつもなら説明してくれるリンが居ないのは、痛い。

「へぇ、いっぱしの装備じゃない」

(そう言えばお見舞いに行ってないわね)
なんて考えていた後ろから、不意に高飛車な声が聞こえてきた。
そろって振り返ると、男女二人。

「子供のオモチャにしては、高級すぎるカンジねぇ?」
事務員さんにしては派手すぎる。

「・・・あなた方は?」
(学生にしては歳が過ぎる)
「アタシは松崎綾子、よろしくね」
「あなたのお名前に興味はないんですが」

眉根があがった。
「ずいぶんナマイキじゃない、ボウヤ。でも、顔はいいわね」
「それはどうも」

「ま、顔で除霊するわけじゃないしね」

(ホォー)

随分と顔に出ていたらしい。
視線で制されて、 は何食わぬ顔を繕った。

「・・・同業者ですか?」
「そんなものかな、アタシは巫女よ」

「ぶっ」
今のはご容赦頂きたい。思わず噴き出した の横で、麻衣も揃って口を押えた。
見るも鮮やかな笑みをナルが浮かべる。――まあ、ナルが笑顔を浮かべるなんてのは大抵、人を馬鹿にするときか、嫌味を言うときなのだが。
「・・・巫女とは清純な乙女がなるものだと思っていました」


彼女の同行者まで噴出す始末で、綾子は額に青筋を浮かべた。
「ああら、そう見えない?」
「すくなくとも、乙女と言うにはお歳を召されすぎと思いますが
・・・そのうえ、清純と言う割りには化粧が濃い」

完膚なきまで叩きのめす。さすがナル。
怒りに震える綾子には興味が失せたように、ナルは後ろで腹を抱えている男をみやった。


「あなたは?松崎さんの助手というわけではなさそうですが」
「・・・冗談だろ」

髪は金髪長髪、耳にはピアス。
「おれは高野山の坊主、滝川法生ってもんだ」

「坊主」

「高野山では長髪が解禁になったんですか?」
「…破戒僧」

「い、今は山を降りてんだよ!」

自称巫女に、破戒僧の坊主。
ますます胡散臭い。

「とにかく!子供の遊びはこれまでよ、あとは任せなさい。
校長はあんたじゃ頼りないんですってよ。いくらなんても17じゃぁねぇ・・・」

「そうそう。渋谷なんてぇ一等地に事務所構えてるってんで信頼したのに、所長があんなガキじゃぁ詐欺だって言ってたぜ、
あれなら有名な事務所の方に頼めばよかったって。ま、もっとも大手さんは忙しいってんで断られたらしいけど」



ナルはパソコンに目を戻すと、「そうですか」と至極どうでもよさそうに相槌を打った。

「あの校長も大げさよねぇ、こーんなボロっちい旧校舎一つに何人も」
「そう・・・俺だけでよかったんだ」
「あーら、それはどうかしら」

殺伐とした空気に麻衣が後退さる。
はため息を吐くと、悠々と空を舞うカラスを見上げた。


(いいわね〜、アンタは気楽で)


ぎゃぁぎゃぁと三流じゃ、名前も聞いたことないと言い争う霊能者たち。なかなか滑稽な絵面である。
出来る事なら空を飛びたいものだわと肩をすくめ、は絶句している麻衣に目を向けた。


これは長い長い放課後になりそうだ。